お互いに思いやりを持って接すれば心地よく過ごせるのにね
こんにちは ろこ です。
人が集まると、何かと「もめごと」が起こりませんか?
まぁ、人それぞれ考え方が違うから仕方がないのですが。
毎日、気持ちよく過ごしたいものですよね。お互いに思いやりを持って暮らしていれば、みんながハッピーになれるだろうに。と思います。
職場に、なにかと一言多い人がいまして。その一言がいちいち気に障るんですよね。私だけがそう思っているのかと思いきや、別の人も同じように感じていることがわかりました。
なんというか。余計な一言を言う人の心理って何なんですかね?
私はあんまりおしゃべりは得意ではないので、好んで人と話をしたりはしません。雑談って正直苦行でしかありません。
私はしゃべる確率が低いので、余計な一言も出にくいのだと思います。
一方、一言多い人は良くおしゃべりをするんですね。言い方変えると「話し上手」なのです。しゃべる確率が多いので、当然余計な一言も出てくる確率も上がるのでしょう。
に、しても。あまりに思いやりのない一言を放たれると、私も気分が悪くなります。
人の行動は変えられないので、嫌なことを言われた時には「あぁ、この人は思いやりのない人なんだな。いい大人なのにかわいそうに。」などと思うようにして、なるべく相手の言葉を真剣に受け止めないようにしています。
思いやりを持って周りの人と過ごすようにすれば、もっと楽しい世の中になるだろうに。と思うんですよね。
周りも自分も気持ちよくニコニコして暮らしていたら、すごく幸せですよね。
なぜそのようにできないのかなー?
思いやりを持って、助け合って、お互いの得意を生かして、相手の苦手なところは他の得意な人がやって、ありがとうと感謝の気持ちを頻繁に伝える。
ってことをやるだけで、もう少し生きやすい世の中になるだろうな~。
せめて自分の周りには、ニコニコしている人が増えたらいいなと思いました。
ではまた。
親の職業から知らない間に影響を受けてるのね、という話
こんにちは ろこ です。
今日、Voicyを聴いていたら、なーるーほーどー!と納得した放送がありました。
#1536 中高校時代同級生の現在のキャリアと親の職業に関する考察 - 尾石晴 / ポスパム
#Voicy
ざっくりと言うと「親の職業と近しい仕事を選んでるよね」ということをお話されていました。環境とか遺伝によって仕事を選んでいるよね。
今の自分をふり返ると、私の母同様にパートで働いています。ちなみに父は勤め人でした。
こういう両親に育てられると、別に強制されてるわけではないのに、自分が仕事を選ぶときに自然と「会社に就職する」道を考えませんか?私の場合はそうでした。
「自営業」という選択肢は上がっても来ません。(きっぱり)
今の私は、なかなかパートから抜け出せなません。ひょっとして無意識に母がずっとパートで働いていたことも影響してるのかもしれない。
母は、パートで働き家事もほとんどやっていました。一方父はサラリーマンで家事はほとんどやりませんでした。
家庭ってこういうもんだーというのが染みつくのでしょうかね。私も母と同様にパートで働いていて、大体の家事もやっています。
私、口では「正社員になって、もっと稼ぎたい」なんて言っていますが、なかなかその一歩を踏み出せないのは、母の働き方から何気に影響されているのかもしれないな、なんて思いました。
思い込みってすごく強い
「思いこみ」ってありますよね。さらに年を取ってくると、思いこみが強くなってきた感じがします。思いこみから抜け出すのってすごく大変。思いこみが激しいと、何かを選ぶときに、その選択肢しか見えなくなってしまいます。
思いこみにとらわれないようにするには、若くて頭が柔らかいときにいろんな経験をすることって大事だなと思いました。
若いうちにいろんな経験をしていると、実はいろんな選択肢があるものだなぁということが体感できると思います。
そうすると40代以降になって改めて職業選択する場面になったときに、よりいろんな可能性の中から職業を選べるかもしれません。
いろんな人の話をきいて「いろんな仕事があるものだなー」と知識を得ることも良いと思いますが、やはり自分で体験することはもっと深く物事を理解することができます。
若いときにいろんな経験してみた時に、「これ、自分にはあわないな」とか「面白そうだったけど、やってみたら大したことなかった」なんて負の面も見えてしまうこともあるでしょう。
でも、そのような経験さえも長い目で見ると貴重な経験だと思います。やってみたからこそ、自分に合わないものがわかってくるし、合わないものが分かれば次回から選択するものの成功率が上がってくるでしょう。
今回は「親の職業と近しい職業を選ぶよね~」という話題でしたが、もちろん親の職業と全然違う仕事をしている人たちもたくさんいるでしょう。
最近では副業も当たり前になっています。自分が興味のあることをやっていたらそれが副業になった。そうしたら本業より稼げるようになってきたので、本業は辞めた、なんてことも良くきく話です。
仕事も思いこみや環境にとらわれず、やりたいことをやっていたら収入を得られるようになった!なんてことが普通になったらいい人生を歩めそうだなぁ。
ではまた。
50歳前後の人たちの発信が見つからない その2
こんにちは ろこです。
昨日、自分世代の人たちの発信がみつかんないんだよねーと言うことについて自分勝手に考察しました。
それでね、ふと思ったのですが50歳前後の人たちの発信って、実はいるところにはいるんじゃないか?だけど私の興味関心が50歳前後の人たちの興味関心と若干ずれてるから見つからないだけなんじゃないか?と思いました。
それはつまり「誰もいない公園で友達を探している」状態です。
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50歳前後って、今までと体力・見た目が変わってきたなーと強く意識されてくる世代だと思います。
私の場合だと
・最近、すごく疲れやすい。立ってるだけで疲れる(汗)
・白髪が増えた。
・最近痩せたなーと思うけどそれって単に「筋肉が落ちただけだな」と気づいた。
・夜、小さな物音でも目が覚めるので熟睡できない。
などなど、最近感じることが多いです。
そうすると、普通、美容と健康について興味関心が増えていくと思うのです。でも私の場合は
・白髪増えたけど、まー、染めるのもなんだしこのままでいいか。
・肌のハリが無くなってきたな。まー年相応だから仕方ないか。
・疲れやすいのは運動してないからだね。家でスクワットやストレッチするのがいいよねー。と思いつつ面倒なのでやってない(=興味関心が薄い)
という感じなのです。
だから、50歳前後の人たちが多く発信してるであろう界隈に行ってないのねー、私が。そりゃ、見つからないよねー。と思いましたよ。
まぁ、人の価値観って色々だから。年齢とかはあまり関係ないのかな。自分世代の友達がいなくても、心からわかり合える友達が一人でもいればいいじゃない。
SNSのおかげで、普段お目にかかれないような素敵な人たちと出会うことができるよね。世代が違ってもいいじゃないですか。
なんてことを思いましたとさ。
ではまた。
50歳前後の人の発信が見つからないという話
こんにちは ろこ です。
一般の人でも発信することが気軽にできる世の中になりましたね。
あなたは一般の人の発信するのを見たり聴いたりするのは好きですか?
私は好きです!
最近のお気に入りなのはVoicy、YouTubeなど「何かしながら聴けるもの」です。
「家事をしながら」聴いていることが多いですね。
目から入る情報は、すきま時間、ストレッチしてるときなど決まったタイミングで見ることが多いです。
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発信者を探すときに、共感できる人・憧れの人を探すことが多いですよね。
私は自分の生活に活かせる内容を参考にしたくて探すことが多いですねー。
そのような時に感じるのが「私と同じくらいの世代(アラフィフ)の人が見つからないな」ということなんです。
自分よりも若い世代(30代~40代前半)または少し年上(60代以降)の人は多いように感じます。
でもなぜか「自分世代」が見つからないんですよね。
「自分世代」の幅が微妙なところですが(汗)
私が考える「自分世代」って45~55歳くらいって感じです。
さら~っとSNSを見ていて、いいな~と思ってその方のプロフィールを見てみると絶妙に自分世代以外だったりすることが多いです。探し方が下手なんでしょうか。
私くらいの年齢層は「時間も余裕も無いよー」という人が多いのでは?
なぜかなー?と考えてみました。
45~55歳くらいで発信してる人って少ないのでは?と思いました。いるにはいるけど、他の世代よりも数が少ないのでは?
なぜなら「発信に時間を取れない」から。45~55歳くらいの人たちは家事も仕事もたくさんあるのでは?
仕事面では、今までの経験を積み重ねてきてベテランになっている。なので重要な仕事も任されつつ、後進の育成も任されてとにかく時間が足りない。長時間労働の必要があり、自分時間を取るのが難しい。
家庭面では、子供がいれば成長してきて子供の世話については手が離れてきているがお金がかかる。主に教育費。教育費を稼ぐために仕事もたくさんする・・・というループにはまる。
また親が高齢になっており介護の必要も出てくる世代。介護にも時間と労力が必要。
生活全体の中で、重要な事柄を決断する場面、またそれにいたる過程で悩みも多いと推察されます。そのような場面で労力を使うので「発信する」ってとこまで労力残ってない。
要は背負うものがたくさんあるからSNS発信に使える時間も気力も無いよなーと。
こういう人良く見ません?・・・私か(-_-;)
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すんごい自分勝手に考察してますので、何の参考にもならない話なんですけど。
50歳前後くらいの人を取り巻く環境についての話は、あるあるなのではないでしょうか。
色々ね、大変なことあるよねー。いくつになっても悩みは尽きないと思いますが、何とか乗り切っていきましょうね!(なんの話だ)
ではまた。
人生がうまくいってる人は投資的考え方をしているのでは?
こんにちは ろこ です。
最近ふと気づいたことについて書いてみたいと思います。
人生がうまく回っている人って、ふだんから考え方が「投資的」なんじゃないかな?と言う話です。
家計管理について「消費・浪費・投資」なんて言いますよね。
私はこの言葉を横山光昭さんの本を読んで知りました。
浪費的な考え方→久しぶりに居酒屋行ってパーっと好きなだけ飲もう!投資的な考え方→仕事で必要な資格をとるために勉強しよう。
なんてことがあるかと思います。
時間の使い方として、今後のリターンを考えると上記の場合
浪費的考え方→飲み過ぎて、体壊す。アルコール依存になる。太る
投資的な考え方→資格が取れたら給与が上がった。取引先からの信用も得ることができた。何より自分の得た知識を使って仕事してると、仕事の満足度がアップして嬉しい。
時間をどう使うか?ということも「消費・投資・浪費」の考え方を当てはめて考えることができそうですね。
人生がうまくいっている人というのは、物事の考え方が投資的なんじゃないかな?
投資的な考え方なので、その時使った時間はその後の人生にプラスになって戻ってくる。
一方、浪費的な考え方の人は「今が楽しければよい」という考え方なのでは?
お酒を飲み過ぎると、飲んでいるときは楽しくていいかもしれないけれど、お金もどんどん使うし、この先健康を害してしまったりしそうですよね。あまり良い結果を生んでいません。
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考え方って習慣だと思うのです。意識して投資的考え方をするように心がけていると、自然とそのようになってくるのでは?と思います。
一気に考え方を変えるのは難しいと思います。ですが、少しだけでいいから投資的な考え方を持って行動してみると5年、10年と長いスパンで見た時にずいぶんと変化すると思います。
積立投資のように、少額でもコツコツ長年積み立てていけばひと財産を築けるかもしれませんよ!
ではまた。
最近、疲れ方がひどくなってきた(アラフィフ独り言)
こんにちは ろこ です。
私、アラフィフなんですが、最近体の疲れ方がひどいなーと感じています。
義母が(今年90歳)が、昔からよく言っていたのですが、
「60代はまだいいのよ。70代の声聞くとね、ほんと体力落ちるよ~。」
「70代はまだいいのよ。80代の声聞くとね、ほんと体力落ちるよ~」
お義母さん、私は50代の声聞く前に体力落ちた感じするよ・・・。
まぁ季節がら猛暑で熟睡できないとか、運動しないから体力が落ちたとか、色々原因はあるのでしょうけれど。
年のせいにはしたくありませんが、年には勝てんなーと思います。
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運動習慣がないっていうのは、改善していかないとなーと思います。
田舎暮らしをしていますが、とにかく車の移動が多いです。
通勤も、買い物も、近所にお菓子を買いに行くときも車です。
歩く機会が本当にありません。田舎暮らしも、やり方間違えるとかなり不健康な暮らしになるんだな。
一般的に皆さんがイメージする田舎暮らしって
・田畑を耕し、野菜やお米を作る。
・家に薪ストーブがあるから薪割りとかやっちゃう。
・自然が多いから、その自然の中を早朝に散歩しちゃう。美味しい空気が心の栄養。
・海の幸や山の幸も自然がたくさんあるので、自力でゲットしてくる。(魚を釣ってくるとか。筍を山で取ってくるとか。)
・人が少ないから、基本的になんでも自分でやる精神で生活してる。
家の修理もDIY。なんなら今住んでるこのログハウス、自分で建てました。
でもね、こちとら都会と変わらず会社勤めしていて農業はやってないよ。確かに自然は多いけど、日中会社勤めしてるから、都会の人とあんまり生活パターン変わらないよ。
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お金を貯金することも大事ですが、私くらいの年齢になってくるとそれ以上に貯筋(筋肉を貯める)の方が大切になってきます。
せっかくなら、人生100年時代をただ生きているのではなく「健康的に」生きていきたいですよね。
運動習慣が身についたら、最近の疲れやすさも解消されるかもしれません。
何でもいいから何かやらなくてはーーー!
(ラジオ体操?)
ではまた。
チャンスをつかむためには普段の小さな選択をたくさんやっておく。
こんにちは ろこ です。
先日、夫が「何か好きなお菓子買ってあげるよー(子供か)」
と言うのでドラッグストアでお菓子の棚をながめてみました。
甘いものは大好きですが普段はあまり買わないようにしています。
でも突然このように言ってもらえると、嬉しくなって焦ってしまい自分の好きなお菓子が選べません。あれもこれも食べたくなってなかなか決めることができませんでした。
お菓子でさえ、このように迷ってしまいなかなか選ぶことができないのに、人生の大事な選択の場面で最善のことを選べるでしょうか?
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普段から、その時の自分にとって最善な(と思われる)選択をたくさんしておけば、いざという時に良い選択ができるのではないかな?
(いざという時というのは、人生において大事な決断が必要なときですね。例えば、進学、就職、結婚などこの先の人生に大きく影響することですね。)
理由は二つ
1.選択することに慣れているので決断が速い。
その時の自分にとっての最善の選択でも、あとから間違えたなって思うこともあるでしょう。でも、決断が速いので間違えた時のリカバーも速い。痛手からの回復も早くできる。そして次の選択を選んで人生進めることができる。
2.普段から選択慣れしてると、自分の好み、傾向などに理解が深くなる。
普段からたくさん選択するようにしていると、自分の好みや傾向に対する自己理解が深まる。すると、選択する場面になったときにより自分の好み傾向に近いものを選択できるできる可能性が上がる。結果、満足のいく選択ができるようになってくる。(打率が上がる)
小さくてもいいので、経験を積むということで人生が開けてくると思います。
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もちろん決断したことが失敗だったなーということもあるでしょう。
でもね、実際やってみないとわからないことは多い。
となれば「その時の最善」を選ぶしかない。そしてやってみて違うなら違う選択をし直して試してみるしかない。
結果はどうあれ、いつでもその時の最善を選ぶことができれば上々ではないでしょうか。とにかくやってみるしかない。ということか。
今は、ネットを駆使すると一応情報だけは手に入りますよね。
色々調べてからことに当たるのも、もちろん必要です。(大きくこけないように)
調べて調べて調べまくった結果、決断しない・行動しない ってことが増えてくるんじゃないかな。
そうなるとせっかくの行動の芽を摘んでしまうことにもなるので、もったいないですね。小さなことなら、失敗・無駄・効率などを気にせずガンガン選択していった方が良いのでは?って思いましたとさ。
ではまた。